風潮の私見

このあたりで西洋の自我確立から昨今の風潮まで、適当な私見を述べたい。


西洋の自我確立について。

子供の自我確立の流れを見るのには、ユングによるとグリム童話などの昔話を読むと良い。

たとえば、ヘンゼルとグレーテルは、家庭に居場所がなくなり、森に置き去りにされるが、お菓子の家の中で魔女(bad mother)と出会う。これは太母(great mother)の否定的な側面であり、この魔女を釜で焼き殺して宝を持ち帰ることで、自我確立がなされる。

白雪姫の話を読めば、母親の嫉妬を買い殺されそうになった娘が、父親の助けを借りて命からがら逃げおおせる。小屋で小人(ちっちゃいおっさん)達の助けを借りながら、母親に毒リンゴで殺されそうになるが、王子様のキスと結婚によって母親が死ぬ。

このように、基本的には太母を殺すことによって自我確立はなされる。

より進んだ男性性の確立としては、ドラゴン退治をしてお姫様や宝を得る話や、クピドの姿を追いながら苦難を乗り越えて成長するプシュケの話を読めば良い。


さて、このように西洋は、はっきりと明確な概念化の傾向と、それを殺すことでより良いものを得る、という文化的な元型が見て取れる。キリスト教を参照しても、善は善、悪は悪とはっきり概念化されている。

弁証法は西洋哲学の基本だが、この概念化による明確な対置と、より良い概念を得ようとする精神(良心)に支えられて議論がなされる。

この精神がもはや良心のレベルまで高められていると、何も主張しないことは意見がないのと同じ、という世界に表れてくることになる。善いものは賞賛し、悪しきものには意見を主張する、というのが西洋の基本的な良心のように思う。


対して日本はどうだろうか。

日本神話は一神教としてのパワーは持たず、多義性のまま包含する性質を持っている。これは現実には神聖な土地と家の歴史、家業の分業、歴史に担保された相互扶助社会の両輪によって基礎付けられてきた。

思想的な側面は、仏教の色即是空は相対化の思想として受け容れられ、儒教は道徳として受け容れられた。

しかし、これは文化的俗流化とも言える状態で、細かい宗教的で思想的な理念を削ぎ落とすことで、平和的に共存する世界として表れている。


しかし、日本にも西洋的な考え方が流入するに連れて、かなりの変革が要請されてきた。

具体的には自己主張をすることや、一貫したアイデンティティ(同一性)を保つこと、実力主義社会の構築を要請されてきた。

しかしこれらによって終身雇用制度への不信、年上を敬ったりする儒教的道徳の退廃、歴史を担保にした相互扶助関係の崩壊で、コミュニティの必要性が生じるようになった。


一方、西洋でも、アドラーの共同体感覚や、ロジャースのエンカウンターグループなど、個人を超えて共同体としての関わりを持つことが要請される部分も生じている。もっとも、基本的な部分は医学的で科学的な力が強いのは変わらない。

しかし、昨今の瞑想やマインドフルネス、仏教への関心を見るにつけ、西洋的な思想の東洋思想への接近は散見される。

反社会的ではない向社会的サイコパスへの関心もやや話題にされているように思う。これは功利主義的な思想がサイコパスの思考様式と近似しているために生じているかもしれない。サイコパスは極悪非道な犯罪者にも、功利主義的な思想家にもなれる可能性を持っている。もちろん正真正銘のサイコパスは気質的に嘘で他人を操作する傾向が強いので、信頼のおける社会を構築するには向いていない。

モデルとしては、AIが最も功利主義的な思想に有力とも思われる。どうも資本主義の未来は、功利主義に移行していくようでもある。


さて日本に戻れば、多義性を受け容れる土壌があるおかげでカオスとなっている。新興宗教はひそかに乱立し、啓発本の仕事術を体現したかのような意識高い系がいるかと思えば、ニートの存在が失業者としての側面ではなく語られる。芸術分野でも各クラスタで活発な発表を行っており、またそれらが互いに(完全には)排斥されることなく受け容れられている。

しかし一方でパワハラやモラハラ、空気を読むことや読まないこと、道徳よりも正論を吐くことなど、社会性における良心が問題とされることが多くなったようにも思う。

詰まるところこれは時代に合った新しい良心を模索する必要性を示唆している。


今後の日本の課題はおそらく、

1.明晰な概念化と弁証法的な良心の獲得

2.普遍化された理念と平和的共存の両立

が求められている。

これは実際難しく、明晰な概念化はコンプレックスに名前を付けるだけで発展しない可能性や、西洋的な良心の不在は理念への傾倒、盲信、混乱の危険性を秘めている。


しかし、各人がある程度の答えを模索していく必要があるだろうと、思われる。


今が最も自由で、危険な時代かもしれない。という風に思った。